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ベタベタ粘つくだけではダメ
私たちの身の回りにはベタベタ粘りつく性質のものが数多く見られます。これらは粘着剤になりうるでしょうか。ベタベタ粘りつくだけでは粘着剤にはなりません。そもそも「粘着」という現象を科学的に定義しようとなると、大変難しくなってきます。今日までいろいろ定義について提唱されてきていますが、今日では、「水、溶剤、熱などを使わないで、常温で短時間、わずかな圧力を加えただけで接着することができ、剥がそうと思えば剥がすことができ、剥がすときにある力が必要である」という性質を「粘着」といい、この性質をもっている物質を「粘着剤」と定義しています。つまり、ベタベタ粘りつくだけではなく、剥がすときにある程度の力、抵抗がなければ「粘着がある」といえませんし、「粘着剤」になりえないということなのです。
「接着する」ということからすると粘着剤も接着剤です。それでは、粘着剤と接着剤はどこがちがうのでしょうか。一番の違いは、接着剤が「使う前は液体で、貼り付けた後は固体になって、永久的に強く接着していること」が必要であるのに対し、粘着剤は「液体と固体の両方の性質を同時にもっていて、常に濡れた状態を安定して保っているため、いつでも簡単に接着することができ、しかも剥がしたいときは剥がすことができる」ということです。この粘着剤の性質を利用して、ある表面に粘着剤を塗っておけば、いつでも簡単に他の表面に接着することができます。これが粘着テープや粘着ラベルです。そこで、私は粘着剤を「誰でも、どこでもいつでも貼れる接着剤」と呼ぶことにしました。
(「粘着剤の開発と新用途開発」講演、経営開発センター、1970)

ワッペン・ブーム
子どもたちが、おまけのワッペンやシールを集め、胸や腕に付けたり、物に貼ったりする遊びが昭和38年から39年にかけて大流行しました。これが「ワッペン・ブーム」と呼ばれる社会現象です。もともと、子ども相手の商品の販売を促進しようという1つの販売政策から始まったものでした。一時は、本体の商品よりおまけのワッペンやシールが足りなくなることもありました。そんな始まりの頃、大手製菓会社M社から「独自のデザインのワッペンを商品のおまけにしたい。そのワッペンの製造について協力してほしい」という依頼が私が勤めていた会社に持ち込まれました。しかし、接着事業を立ち上げてから日が浅かったものでしたから、どのように粘着剤を塗って、どのようにワッペンを作るかなど皆目わからず、大いに戸惑いました。しかし、それ以前から「シール」(粘着剤でなく、糊が塗られているもの)はつくられていましたから、粘着剤を塗った原紙さえつくれば、目的のワッペンやシールができると思いました。丁度その頃、シール印刷業界では全国組織をつくり、「セルフラベル」という特許を取得して粘着ラベルの普及に努めていましたが、その原紙となる「粘着原紙」を製造する場所は限りがありました。そこで、私たちは探しに探して、ある布引き加工業者に巡り会え、自社の粘着剤を使って、まがりなりにも原紙を作ることができ、目的のワッペンが出来上がったのです。このことが評判を呼び、それまで粘着テープメーカーの内製中心であった粘着剤が外販・購入ができるという仕組みが示され、粘着剤、紙やフィルムなどの素材メーカー、そして塗工、印刷、切断・抜きの加工業者が続々起業していき、粘着テープ業界に対峙して粘着ラベル業界なるものが形成されて行ったのです。このように、ワッペン・ブームが粘着ラベルの普及の牽引車となって、粘着剤の機能と利便性を市場に認めさせ、多方面に使われるようになり、今日に至っています。まさに、ワッペン・ブームその時が日本の粘着産業の夜明けなのです。

粘着アラカルト
粘着剤はそれ自体で使われることはありません。必ず粘着テープや粘着ラベルといった加工製品となって使われています。今や、数百、数千種の製品がいろいろな産業において使われています。私たちの身近にもセロハンテープ、クラフトテープ、救急絆創膏などがあります。これらはみんな「接着」という機能から粘着剤が使われています。「接着」とは違って「捕まえる」、「取る」といった機能からも製品が作られています。代表的なものが「ゴキブリ取り」です。「ゴキブリ取り」は昭和48年、アース製薬が「ごきぶりホイホイ」という商品名で発売し、爆発的な人気で売れました。発売当時は、台紙とチューブに入った粘着剤がセットになっており、消費者が自分で好きなように塗るというタイプでした。消費者が自らつくるというところが人気の種になっていたかもしれません。その後、現在の粘着シートタイプになり、数社からいろいろいな商品が販売され、40年近くなった現在でも広く使われています。「捕まえる」で思い出すのが、昔子どもの頃、竹竿の先に「トリモチ」を付け、セミやトンボを捕ったことや魚屋さんで天井からつるしてあった「ハエ取り紙」です。これらはみんな粘着剤です。「トリモチ」は「もちの木」の樹皮から採るもので、中国では「黐」と書き、これらが日本で使われたようです。英語では「バードライム」といい、鳥を捕まえるのに世界中で使われた歴史の古い粘着剤といわれています。
さて、「取る」といえば、カーペットクリーナーを思い出します。普通の粘着テープとは逆に粘着剤がついた面が外側になっているものです。毛足の長いカーペットのゴミや髪の毛は普通の掃除機では取りにくいものです。カーペットクリーナーであれば、簡単に取れます。これには粘り強さ(粘着力)が工夫されています。これをヒントに、家庭で見受けられるセロハンテープやクラフトテープでも衣類のゴミなどは簡単に取ることができます。最近では、フローリングクリーナーが人気です。従来のカーペットクリーナーでは、粘着力が大きく、床にくっついてしまうという問題が起こりました。そこで、フローリング用に粘着力を弱くしました。それがフローリングクリーナーです。「捕まえる」、「取る」というのも所詮は粘着剤の小さな圧力で速やかに接着するという性質を活かしているということになります。

液晶ディスプレイ
テレビ、携帯電話、パソコン、カーナビなどの画面は液晶ディスプレイというものです。液晶ディスプレイは液晶を中に挟んで、さまざまな機能をもったフィルムを粘着剤で何枚も積み重ねて作られています。普通は10枚ぐらいのフィルムが使われています。これを接着剤で積み重ねるとスルメのように反り返り、とても製品にはなりません。粘着剤で貼りあわせるとフィルム同士の引っ張り合いがなくなり、その上フィルムとフィルムの間にある空気の層もなくなり、光の通りが良くなって透明できれいな液晶ディスプレイができるのです。これは応力が速やかに緩和する粘着剤だからできることなのです。このように異なった薄い材料を何枚も積み重ねて1つの機能をもった材料を作るには、粘着剤が最も適しているといえます。強い接着から弱い接着まで、永久接着から一時接着まで、屋外から屋内までと使い方によって性能を制御できるのは粘着剤しかできません。

セレンディピティ
セレンディピティとは、「何か探しているときに、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力、才能」を指す言葉として使われていますが、広く「思いもよらない成果が生まれる」とか「予期しないできごと」としても使われています。もともとはイギリスの作家、ホレス・ウォールポールが童話「セレンディップの三人の王子」を読んでつくった造語です。自然科学分野でも、セレンディピティは失敗してもそこを見落とさなければ成功に結び着くというサクセスストーリーとして語られることが多いと思います。古くは、チャールズ・グッドイヤーの「ゴムの加硫」の発見(1839年)、アルフレッド・ノーベルの「ダイナマイト」の発明(1866年)、ピエル・キューリー、マリ・キューリー夫妻の「ラジウム」の発見(1898年)、近年では、江崎玲於奈らによる「トンネル・ダイオードとトンネル効果」の発見(1950年代)、白川英樹らによる「導電性高分子」の発見(1970年代)、飯島澄男の「カーボンナノチューブ」の発見(1991年)など枚挙に暇がありません。
1981年発売された米国のスリーエム社の「ポスト・イット」(スリーエム社の商標登録)
もセレンディピティとして挙げることができるでしょう。スリーエム社の研究者スペンサー・シルバーとアーサー・フライの発明によるものです。メモ用紙の裏側に粘着剤がついていて、メモをした後に貼ることができ、しかも剥がすときにきれいに剥がれ、何回も貼ったり剥がしたりできる「粘着メモ」です。「ポスト・イット」の誕生には有名なエピソードがあります。発売して間もない1983年秋、私は日本接着学会の視察団の一員としてスリーエム社を訪れていました。そのとき、新製品「ポスト・イット」の紹介とともに聞かされたのが「ポスト・イット ストーリー」なるエピソードです。アーサー・フライが日曜日に教会で賛美歌を歌うときに使う「しおり」がいつも落ちてしまい、落ちなければいいのにと思っていました。フライは「しおり」の端に糊をつけ、しっかり貼れて、きれいに剥がれるものがあればいいと思ったのです。そして、頭に浮かんだのが、前から聞きいていたスペンサー・シルバーの失敗話でした。以前、シルバーは強力な接着剤を開発しいました。ところが強力な接着剤どろか何を貼りあわせても簡単に剥がれてしまうものでした。フライはこのことを覚えていて、シルバーとともに「15%ルール」を利用して「落ちないしおり」をつくり、やがて「ポスト・イット」というヒット商品まで発展させてのです。浮かんだアイデアと失敗を組合せて大成功に導いたのです。ところで、どうして何回も貼ったり、剥がしたりできるのでしょうか。それは粘着剤が小さな球になっているからです。貼っていないときは球状で、そのままでは接着面積が少なく接着しません。指などで押さえつけると球がつぶれて接着面積が広がり、接着します。剥がそうとすると球は元の球状に戻り、接着力が落ちて剥がれる訳です。
注)15%ルール:スリーエム社のルール。会社で認められれば、勤務時間の15%を自由に自分たちのやりたいことに使うことができるルール。

きれいに剥がすには
家庭やオフィスで床に貼った粘着テープや食器に貼られた粘着ラベルを剥がすのに苦労したことはありませんか。もともと粘着剤は剥がそうと思えば、剥がすことができる性質をもっているものですが、きれいに剥がすには、先ず「150度(手前から30度)ぐらいの角度でゆっくりと剥がす」ことです。つぎに、貼ってあるものを痛めない程度にドライヤーやアイロンで温めるとさらに剥がし易くなります。粘着剤は、剥離角度、剥離速度、温度によって、剥離の強さが変わります。これを利用しています。また、市販の「はがし液」を使うのも1つの方法でしょう。しかし、「はがし液」は大半が溶剤ですので、貼ってあるものの影響を調べる必要があります。剥がした後、粘着剤が残った場合は、「はがし液」で拭き取るか、また別の粘着テープや粘着ラベルの粘着面をその上に貼って剥がすことを何回か繰り返せばきれいに取ることができます。

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